2018年3月5日月曜日

Ten十

 数ヶ月前、ふいに天重が食べたくなった。そして、今に至るまで食べていない。

 食べりゃいいじゃんと思うけど、あんなに好きだった天丼も(あんなってどんなだ)重たく感じるようになった僕が、何で天重を食べたいんだって考えちゃうのよね。

 少年の頃、伯父の家に行くと「鰻重か天重か」と聞かれた。僕にとって天重といえば、恐らくその味。よそで食べた記憶もないし、自分で選んだ覚えもない。面倒をかけないよう、母親が一括で選んでいたんじゃなかろうか。

 伯父のことを思い出しなさいよというヒントだったのかもしれない。だとしたら長く考えすぎだな。

 天丼を食べられなくなったことを寂しく思うときがある。天重を食べてごらん、ってことかな。

 考えてないで食べてみりゃいいのにね(笑)。あの味じゃないって思ってしまうこととか、適当に入ってみる気軽さを持ってみることを面倒に感じているのかもしれない。

 ってな感じで結局ね、何ヶ月も平気で食べずにいるんだから。そこまで食べたくないんだろうな。ここまで思い続けて、「シンプルに胸焼けして終わった」とかじゃ哀しすぎるとか、何だこれ、駄目な恋みたいになってるな。

 「あっ! てんやの持ち帰りならほぼ天重か?」とひらめいたような気分になるけど、「店まで行くなら入るわ」ってもう、何なのあたし自分が嫌いになりそう、ううんもうなってる、ほっといてもうほっといてよヨヨヨヨヨ。

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