2018年2月22日木曜日

日常こわい

 「家族のために」と「家(またはその名誉)のために」というのはもう、全っ然違うことなんだけど、境界線が曖昧になりがちで、思っている以上に混同されやすい。

 日本ではそれが「所属する集団に奉仕せよ」という思想に発展して、オリンピックなんかで「メダル獲れなくてすみません」とか「残念な結果に終わりましたが」みたいな話になる。

 これは歴史的文化的背景もあることで、悪いことばかりではなかったりするから難しい。難しいんだけど、「全力を出すことが最大の貢献になる」という考え方の人が「個人プレーに走る」と非難されやすい社会を、我こそは先進国民でございという自覚の人々でがっちりと支えているようなね。そういう構造はヤバいだろと思う。

 自己犠牲が賞賛されることはあっても、自己犠牲を強いることがあってはならない。

 当事者同士ならまだしも、第三者がうるせえんだよな。インターネットの時代になってからかなと思いかけて、いや、大して変わってないだろうと考え直す。世論風説に押しつぶされたり、殺された人の数は。

 日本はまだまだそういう文化で、このブログを読んでいる人のほとんどはそういう中に生きている。

 で、そういう「当たり前の日常」がね、病気とかケガとかに結びついてることが多いのよ。「そんなバカな」と思えた人はまあ、毎日健康で幸せでね、良かったんじゃないすか。

 つづくんじゃないすか。

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