つづき。
「自分を変えれば治る」よりも、「治らない」を受け入れる方が楽だという構造があって、病気やケガはそこに上手に寄生する。
寄生しやすい、定着しやすい形を無意識のうちに提供する癖を、人の心はもっている。
それを知ってしまうこと、そういう自分の陰を知ることは怖い。「自分と向き合う」というフレーズは量産されてるけど、実際に向き合える人なんかほとんどいない。
自分を変えたくはないからと、病院で物理的に診断されることを望んでしまう。
病名を知らされることを恐れていると思っているけど、実際はそれよりも怖いこと、「性格や生き方を変えなければならないことへの恐れ」を隠している。
それが陰になる。陰っていうのは、恐れや嘘、隠し事のこと。
自分が見たくないものを、他人に見られたいわけがない。物理的な歪みと、心の歪みでは醜さが違うっていうのかな。
自分にさえも隠したい恐れこそ、病気やケガの大好物。
病気やケガ、何だかよく分からない不調っていうのは、全部霊障なんだよね。
霊障っていうといかにもオカルトっぽいけど、心理学が定義する心とはまた別のところにあるもの、魂だとか念だとか、そういうものだと思えばいい。「霊=生きてないやつ」じゃなくって。死霊とか生き霊とか言うでしょ。まあ、みんなにあるっていうか、みんな持ってるのよ、霊は。
共有するのが難しいというか、実感するにも自信が持ちにくいから、物理的なものだけを認めるようになったのよね。その方が簡単だから。
で、見えないものは存在しないことになっちゃって、見えない人が見える人をバカにするような構造が生まれて、言えないことが増えて、それらがみーんな陰になる。
本人が光を当てさえすれば、陰は陰じゃなくなるんだけどね。
その勇気を持ってみようかなと、とりあえずそれだけでも思ってくれれば、「気のお医者さん」が力になれますよっていうお話。
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