2017年11月23日木曜日

お赤飯の日

 キャプテンじゃない方のスーパーマーケット(誰が分かるのか)に行ったら「11月23日はお赤飯の日」っていうのが目に入って驚いた。驚いたということは、初めて知ったということでありまして。検索してみたら2010年かららしいね。「お赤飯の日制定委員会」よりも立ち上げるべき委員会は山ほどあるような気がするけど、まあうーん、良くはないけどまあいいか。

 いやね、数日前に「赤飯投げる祭り」っていう見出しが目に入って、それだけでもうショックで。動画見てみたらやっぱりショッキングで。伝統とか文化はさておきっていうか、いや、さておいてはいけないっていう話も分からないではないんだけどさ。お赤飯を大事にしましょうっていう動きもあって良かったなと。

 お赤飯好きなんだよね。「ええっ、ごま塩かけていいんですか?」みたいなテンションの上がり方する。

 バンダイもしょうもない、アホみたいなデザインのシャア専用グッズばっかり作ってないで、シャア専用ご飯とかやればいいのに。日本のキャラクタービジネスって狭いよね。文化としての発信の仕方とか、やりようはいくらでもあるんだけどな。

2017年11月20日月曜日

惰性服

 やれ真冬の気温だ年末年始の気温だ体調管理に気をつけろというので、この秋になって初めて長袖を着た。

 厚着が嫌いというか、洋服が重いのが駄目だから、機能性衣類が増えたことがとても嬉しい。テクノロジー万歳。もう過去には戻れません。

 スーツとかも、もっと何とかならないのかなあと思うんだけどね。

 ビジネスにおけるグローバリズムや慣習がどうのこうのじゃなくって、「スーツ着ときゃ大丈夫(考えなくて済む)」っていうのが重要なんだよね、結局。

 だったらもういっそ、「見た目はスーツのままなんだけど軽くて柔らかい、日本のビジネスウェア」みたいなのを規格として制定しちゃえばいいのに。日本の気候風土には合わないよ、スーツも革靴も。

 「いいスーツは着心地が違います、重さは同じでもそれはもう驚くくらいに」じゃないの。そういう話をしたいんじゃないの僕は。

 「いい靴は高いですが、結局得をします」じゃないの。そういう話じゃないの。何で靴は足の形をしてないのかとかの方が気になるの。

 日本には四季がありますとか威張ってないでさ、気候風土に合わせて、ご当地正装みたいなのがあれば面白いのに。テクノロジーと組み合わせて新たな服飾文化を創造するとか、そういうのやらないよなこの国は。

 国のことはさておき。

 服とか靴が原因の心身の不調って多いのよ、本当。

2017年11月18日土曜日

ゆずみつサワー

 若い頃、二十代前半。ゆずみつサワーとたこわさが好きで、やたら居酒屋行ってた時期があったんだよね。何だったんだろうなあれ。

 弱くて飲めないっていうより、酔ってる自分が好きになれなくてやめたけど、また飲むときが来るんだろうか。

2017年11月17日金曜日

シュークリームの一口目

 ツインシュー的なシュークリームって結構あるじゃない。生クリーム(またはホイップクリーム、ときに生クリーム入りホイップクリーム、あとえっとえーっと)とカスタードクリーム、両方入ってますよっていう。

 あれの一口目がカスタード側だと、つい反対をかじりたくなる派。いや、かじりゃしないけどね、実際は。

 じゃあ最初からカスタードだけのを選べばいいじゃんっていうのは、またちょっと違う話になるんだよなあ。おしるこに塩入れる入れないみたいな、いや、それもまたちょっと違う。

 白いクリームから入って、黄色いクリームで終えるっていう流れが幸せ。

2017年11月13日月曜日

香水の使い方(二壜目)

 じゃあ何ですか奥さん、買っちゃった香水は全部捨てろっていうんですかキーキーキー。化粧品メーカーがその気になればあなたのブログなんて簡単に潰せるんですよカラコンメーカーだって黙ってませんよ何せ私が、この私が告げ口するんですからねけけけけけ。

 香水ねえ。どうしても使いたければ、「良い違和感」として利用するのがまあ、ぎりぎりの正解でしょう。

 初めて会う人に「言葉にならない印象」を残すためのささやかな、もうほんとにささやかなアシスタントとして用いるならいい。

 「あっ、自分は営業職なんで毎日使ってます! 正解っすよね!」

 不正解っす。

 自分にとっても「良い違和感であり続けること」が大事。今日は大一番だから、自分をよく見せたいから。そうやって理由を見つけて、毎日毎日付け続けたら意味がない。感覚が麻痺してしまって、気づかないうちに量が増えてしまう。

 「あっ、そうならないようにちゃんと、付ける量は決めてるんで。」

 付ける量でコントロールできるような問題じゃない、毎日変わるって書いてございますよ、前回の記事に

 自分の匂いを選ぶっていうのは、印象を過度に制限してしまうこと。「愛用の香水」を言えてしまう人は、セルフプロデュースという幻を過信しているか、まあ単純に外国かぶれ、……外国かぶれ! 外国かぶれって古いね。何だろうな。日本にハワイの砂運んできて「ビーチ」を造っちゃうみたいな、それ違うでしょって感じよ。

 自称香水上手さんはきっと、友人やスタッフ選びも下手でしょう。一流の友人やスタッフなら言ってくれるよ、「その匂い余計ですよ」って。「好きな匂いの人」、「好きな人の匂い」。印象ってのは相手に委ねられるから面白いのにね。

2017年11月12日日曜日

香水の使い方

 「好きな香りに包まれていたい」と言うと何やら素敵に聞こえるけど、香水を毎日付けるのはやめた方がいい。

 人にはそれぞれ、目立とうが目立つまいが独自の匂い(体臭ではない)があって、それはその日の体調や気候によっても微妙に、豊かに変化する。相手もまた、そういう見えない、言葉にならない情報を無意識に受け取っていて、あなたへの印象と理解をアナログ的に深めている。

 香水は自分で匂いの輪郭を決めつけて、相手が受け取る情報をわざわざ狭めてしまう、それはそれはもったいない、地獄のおしゃれアイテムなのでございます。えっ? 「地獄のおしゃれアイテム、他にはどんなものがあるか」でございますか? そうですね、代表的なところですと、もう皆さん大好き、カラコンがございますね。

 風向きや相手の嗅覚次第で効果の強弱も善し悪しももう、物凄く変化する。それをまあ、だいたいが鏡の前で(見えやしないのに)立ち止まって、付けてる自分の姿だけ確認したりしてね。結果は毎日異なるし、それをコントロールできる人なんていない。

 憧れのあの人や好きな人と同じ香水を付けてみても、同じ効果は得られない。「いいんです、自己満足ですから」という言葉が聞こえてくるけど、自己満足を無差別にばらまいて、孤独に生きていく覚悟はできているんだろうか。

 香水といえばマリリン・モンローの「シャネルの5番」。「何を着て寝るのか」という質問に対する答えが有名だけど、あれが本当だとすれば、そりゃ孤独を深めるだろうよと思う。国や文化、時代の違いがあるとしても、「眠るときくらい」という気分が見えるようで寂しくなる。

 匂いっていうのは漂うもの、空気を感じるものであって、自分で選ぶようなものじゃないんじゃないかね。